初めて「ボッチャ」という言葉を聞いたとき、特に何も思うことがなくて、かわいい名前だなとしか考えていなかった。私はだいたい、「チャ」が入っている名前は可愛いと思う。それでも可愛さだけで興味を引かれたのは人生で初めてかもしれない。結構前から私の知っていたペタンクという競技と似ているこのボッチャは、元々脳性まひの障害者のために作られ、パラリンピックにおいて初めて競技として採用されたのは1984年のことだそうだ。
このボッチャという言葉を初めて聞いてから三か月後。私がボランティアの活動のために参加しているANICという団体の代表者から「十月の体育の日、ユニバーサルスポーツ体験が荻窪であります」というメールが届いた。申し込みを終え、体験日までワクワクが止まらなかった。体験したことがある他のボランティアによると、「簡単そうだが、いざやってみたらそうではなかった」「ボールを投げるだけなのに、あんなに難しいとは思わなかった」「以外とボールを投げるには技術が必要」という、どれも似たような感想が聞かれた。
体験日。時間が限られていたこともあって、ボッチャとユニカールという競技をやってみた。体験後の、同行者の友達と:「案外難しかったけど、とても楽しかったね」と話した。なかなかボッチャ(ユニカールもそう)の体験ができず、今度機会があったら絶対に見逃してはいけない、と自分に言い聞かせた。
すると、ある日ツイッターでチャレスポ!TOKYOの広告が偶々目に入ってきた。そして、「ボッチャ」についてもこの広告のポスターに書いてあった。想像しづらいほど独特なセンスのタイトルはさておき、どんなイベントか分からないまま受付の予約をした。
そして、去年の12月19日に東京国際フォーラムに足を運んだ。このビルの外には私の好物、Ya Kun Kaya Toastのお店があるため、少しだけ寄って名物のカヤトーストを口に入れてもいいかな、と一瞬の迷いもあったが、時間に余裕がなかったため、すぐにチャレスポの入口へ向かった。有楽町店舗のカヤトーストは今度食べに行くつもりだ。
ホールに入ったら、色んな種類のパラスポーツのエリアが並んでいた。体験可能な競技は広々としたエリアの中に道具があったが、一方で、体験不可能な競技はユニホーム、競技の説明表、道具などが展示されているだけであった。
入口の左側のすぐのところはフライングディスクのエリアであった。フリスビーと何が違うんだろう、と思いながら受付に地図表を見せ、スタンプを貰った。備え付けられた3つのゲームの中で、真ん中のゲームには一番長い列ができていた。3メートル先にある、番号の付いた9つのパネルに向かってディスクを投げ入れるゲームだった。その時、パネル越しに何かを叩き音をたてているスタッフさんがいて、その音を頼りに、盲目の体験者が音の方向に一所懸命ディスクを投げた。3号→番?、5号、6号、7号、9号のパネルにディスクが入った。ディスクが入る度、私は気づかず拍手をした。それを見てこのゲームもやってみたくなったが、並んでいる人があまりにも多すぎたから、誰も体験者がいない三番目のゲームに挑戦した。3メートル先にある直径2メートルの大きな輪にディスクを投げ入れるゲーム。10枚のディスク中、輪に入ったのは6枚だけだった。
フライングディスクを後にして、次に私は車いすバドミントンを体験した。私の前に並んでいるのは車いすで来場した一人の男性だった。20分順番を待った後、やっと自分の番が来た。車いすに乗るとかの競技の下準備を手伝ってくれるスタッフさんは一人しかいなかったため、私はしばらく待った。その間、さっきの男の人の手伝いを観察した。一分間も経たない間に、この男の人はコートに入り、ラケットを振り始めた。軽快な動きで車いすの方向を転換し、ラケットを振る姿は素晴らしかった。私もそのあとコートに入り、2分後に、車いすの方向転換の際にラケットと車輪のハンドリムの間に手を挟んじゃったり当たったりしたことによって、掌に少し痛みを感じながら、車いすバドミントンのエリアから離れて行った。
その後、メインステージで開催されていたパラリンピック・オリンピックのメダリストのトークショーを聞きながら、ふと友達の言葉を思い出した。日本以外に米中英、シンガポール、ベトナム、インドネシアに住んでいたことがあるこの日本人の友達が、「自立している障害者を街でよく見かける国は日本のほかにはない。」と教えてくれた。私はインドネシアと日本にしか住んでいたことがないから、他の国の様子は見たことがないが、思い返せば確かにそうだった。
インドネシアは障害者の安全を優先しない国だと考えられる。歩行者通路は駐車場になっていたり、印の→移動をサポートする黄色いブロックが突然途切れたり、電柱や木が途中でドンとあらわれたり、テレビなどにも字幕がなかったりする。障害者自立支援制度はあるかどうか分からないが、あるとしても実際の社会で生かされていないように思う。この支援がないことによって、高い壁を越えていかないといけない自立が更に難しくなるだろう。実家が裕福な家庭じゃないとほぼ家で時間を過ごし、社会に出る余裕はない。
インドネシアにおいてPancasilaと呼ばれている建国五原則のひとつ、「全国民にたいする社会正義」という五番目の原則は全国民に対するもれなく平等な扱いを指している。この熱心→熱意/情熱?は原則として心に留めた上で、日常生活でも実践する必要がある。このチャレスポのようなイベントを通して、障害のある人とない人がお互いのことを思いやり、みんなが楽しめる社会になれば良い。